海野敦 インタビュー

投稿日: カテゴリー: interview, 小出

聞き手:小出豊/構成:穐山茉由

 

『クリーピー 偽りの隣人』(2016年、監督:黒沢清)、『64-ロクヨン-』(2016年、監督:瀬々敬久)WOWOWドラマ『沈まぬ太陽』(2016年、監督:水谷俊之/鈴木浩介)など、今年の話題作で助監督を務めた海野敦にインタビューを行った。「助監督」とはどんな仕事なのか。作品を支える「助監督」からの視点で、撮影現場や監督・スタッフの裏話を直撃した。

 

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助監督とは、一体どんな仕事なのか

 ── 海野くんとは10年前に万田邦敏監督の『接吻』(2006年制作)を一緒にやりましたね。その際、ぼくはスクリプターだったんですが、海野くんが、物事をまとめて的確に言っている姿を見て、すごく頭がいいんだなと、こういう人に支えられて映画を作れたら幸せだろうなと思っていました。

『接吻』の時のポジションは(演出部の)セカンドでした。その当時は動きもキレてたような気がしますが、今はもう40歳なので鈍くなったかと(笑)。仕事上の役割もその当時から変わってますし。

 

 ── 改めて、助監督ってなんでしょう。まずその名称ですが、演出部は、助監督とか監督助手って書かれたりしますよね。

あくまでクレジット上の話です。クレジットでは、通常、チーフだけ「助監督」と書かれて、セカンド以下は「監督助手」や「演出助手」と表記されますが、現場ではチーフでもサードでもみんな助監督や演出部という肩書で呼ばれてます。

 

 ── 『ロクヨン』は助監督が何人いました?

6人いました。

 

 ── 大作ですね。

前編・後編2本分のボリュームがあったので。因みに、クリーピーは4人。通常は3~4人の体制が多い。最近、本当に助監督が足りておらず…。助監督を増やすために、なるべく一番下は見習い的な人を入れようと努めているのですが、とにかく、人が足らない状態で、まず人探し自体が大変なんですよ。

 

 ── 何故です?

僕が察するに、自主映画から助監督を経ずに監督になるという道が明確にあって、若い人もそれを認識しているから、監督になるために助監督をやってみようという人が減っているとは思う。あとは映画以外の、映像コンテンツが増えているのもあって、人の取り合いになっている。今は映画やTVドラマ、ネット配信系など映像業界内の棲み分けが曖昧になってきているから。

 

 ── 助監督の仕事内容を教えてください。

準備段階で言うとチーフがロケハンやスケジュール管理、セカンドは衣裳メイクやエキストラの準備、サード以下は美術・小道具まわりの準備と、分担するパターンが多い。撮影に入ると人それぞれで、現在の僕の場合は、段取りはなるべく見ますが、その後の現場進行は主にセカンドに任せて、カメラ周りからは若干、離れたところにいる。カメラ横で現場を進行するのはセカンドで、サードはやはり小道具の確認やカチンコを打つなど。でもチーフによっては、ずっとカメラ横や監督の傍にいて、自分で現場を仕切るタイプもいるし。演出部の作業内容は決して明確でなく、撮影場所、撮影内容、監督の経験値やキャラクター、その時々の演出部の体制によっても変わります。

 

 ── 離れている時は何やっているのですか? 

なにもやってないかな(笑)いや、先々の段取りを優先で…。

 

 

商業映画の初現場は瀬々敬久監督の『サンクチュアリ』

 ── 経歴について聞かせてください。まず、どうやって助監督になったのですか?

映画美学校の研究科で『ルック・オブ・ラブ』(2002年制作、監督:植岡喜晴)を作ることになり、演出部を担当した。その後、1年くらいバイト生活をしていたら、美学校とは関係なくVシネマの仕事をしていた人の紹介でVシネマのスタッフをやった。これがキャリアのスタートですかね。そのVシネマは一作品を3日で撮るような作品で、予算もないから衣裳や美術もおらず、演出部も制作部も両方やるような感じで…。

3本くらいそういうのをやったあとに、当時、『サンクチュアリ』(2003年制作、監督:瀬々敬久)で、菊地健雄(2015年、『ディアーディアー』で長編映画監督デビュー。『接吻』では演出部のサードだった)がプロ初現場にも拘らず、セカンド助監督をやっていて、ちょっと準備なんかが立ち行かなくなっていたらしく、クランクイン直前に、瀬々さんから演出部で入らないかと誘われた。その時点では、菊地くんとは美学校絡みで何回か面識がある程度でした。ちなみに、その時の撮影が芦澤明子さん。僕もまだ経験が浅かったので、瀬々さんにも、芦澤さんにもめちゃくちゃ叱られた(笑)。『サンクチュアリ』がいわゆる商業映画の演出部の初現場。

でも、瀬々さんはこれに懲りずにその年の11月に撮影した『ユダ』(2004年)でいきなりチーフ助監督をやれと。そのときにはぼくが一応、チーフで、セカンドが菊地、サードが東京藝大に入ってカメラマンになった佐々木靖之(『ディアーディアー』『ディストラクション・ベイビーズ』などの撮影)という体制ですが、全員、学生に毛の生えた程度なので、瀬々さんに叱られながら、わけも分からず混乱状態でやってました。

助監督としての育ち方はイレギュラーかもしれない。フォース、サードの時から、ある程度続けて付いて、仕事を教えてもらうような助監督の先輩は居なかったので。

 

 ── ではどのように学んで来たんですか?

見よう見まねですかね。商業映画の助監督を始めてからの2年くらいは混沌とした中でやってたから、その後『着信アリ・ファイナル』(2006年、監督:麻生学)あたりから、ある程度がっちりとした体制の現場にも入るようになり、ちゃんとした世界があるんだなあと(笑)。最近は、混沌とした少人数の現場はあまりやってない。どちらが良いとか悪いとかでは決してないのだけど、少人数は大変ですね。でも、それが楽しかったりもする。

 

 ── 合計何本くらいやったんですか?

映画は40本弱くらい。

 

 ── 混沌とした現場を楽しめるから、いわゆるきちんとした現場だけでなく、変わった現場でやっていることが多いよね。

演出部のセカンドで参加した『パビリオン山椒魚』(2005年制作、監督:冨永昌敬)は大変だった。主要スタッフが若かったから寝なくても大丈夫だったけど、毎日のように、宅送(*公共交通機関が終了し、タクシーや車を出して役者やスタッフを送ること)になってしまって、叱られました。

 

 

レオス・カラックス監督『メルド』の撮影現場で感じた、日本映画との違い

 ── 助監督の仕事の話に戻りますが、監督に意見する事はありますか?

基本的には、聞かれれば答えるくらいですかね。台本に書かれてあることや監督のやりたいことを成立させることが仕事だと考えているので。台本や監督が間違えていることもたまにあるけど…。

もちろん、よほど、おかしなことがあれば、意見しますが、あんまり内容に関して口を出す事はない。準備中の打ち合わせの時に意見を整理して言う事はあるけど。あとはロケハンしながら、ロケ場所の諸条件などに合わせるために、監督と相談するというのはあります。映画美学校で学んでいた時は、皆でわいわいやっていたのが楽しかったけど、プロの現場での大きな役割の一つは、限られた時間の中で、いかにスムーズに無駄なく進行させるかが仕事だから、僕の場合は、監督の考え方を修正するように、ぐいぐいといくことはあんまりないかな。

(*インタビュアー小出と海野は美学校同期)

 

 ── 『メルド』(2008年、オムニバス映画『TOKYO!』の一篇、監督:レオス・カラックス)の時はスタッフ間でぐいぐいやっていたんじゃないですか?

内容というよりは、段取りに関して、喧々諤々とやってましたね。監督が結構、奥ゆかしいというか、いじけるタイプというか…。撮影監督のキャロリーヌ・シャンプティエは、物事をはっきり言うタイプだと思うけど、あまり監督とガチガチやりあうところは見なかった。でも、カラックスがテストからまわしたいと言って録音部と揉めたりとか…。シャンプティエも他の部署とガチガチやってた。主には、制作サイドと言い合いしたり…。あの作品は渋谷や銀座でのゲリラ撮影があって制作側も大変だった。そういえば、フランスのスタッフは製本台本があることを喜んでました。フランスでは、製本せずに、ペラに印刷したもので撮影するようだから。とにかく、日々台本にいろいろ付け足して改変していくやり方なので、日本の台本への概念とは大きく違うのかと思いました。

 

 

常に新しい事に挑戦する黒沢清監督は、細部にこだわる 

── 監督とカメラマンの関係性と言えば、黒沢さんと芦澤さんはどうです? 

『クリーピー』をやっただけなので、決定的なことは言えませんが、黒沢さんが主導権を持って進めているのかなとは思いました。コンテやカットラインは監督が決めるけど、サイズなどに関して監督はあんまり細かくは言わなかったと思う。照明もそうだけど、黒沢さんは何においても決めつけたような言い方はせずに、なんとなくのイメージを伝えて、あとは照明技師の永田英則さんが先回りして動いている印象でした。黒沢さんの独特の言い方と、なるべく同じことをせず、毎回新しいことを探している感じが、スタッフのモチベーションアップにつながっているではないかと。『クリーピー』でいうと、ドローンを使ったり、車のシーンでのスクリーンプロセスとか、常に新しい事をやろうとしている。

 

 ── 空飛んでるようでしたね!

『リアル~完全なる首長竜の日~』(2013年、監督:黒沢清)では、スクリーンプロセスだけど、タイヤまで入れ込んだり、非常に複雑なことをやっていた。じゃあ、今回はどんな新しいことができるのかってときに、ロケハンの道中で、芦澤さんが『CURE』(1997年、監督:黒沢清)を話題に挙げて、空を飛んでるように見えるのはどうやったのかという雑談をしてみたり…。

 

 ── 役所さんが奥さんとバスに乗っているところですね。今回のスクリーンプロセスに映っていた映像は、何でしょう?煙のような感じがしましたが。

雲をたくさん撮ってそれを加工してスクリーンプロセスで流して撮った。毎回同じことをやりたがらないから、いよいよ手がなくなってくるんではないかと思ってしまうけど。でも、最初からスクリーンプロセスをやると監督が決めつけてる訳でもなく、新しいことをやりたいのだけど、どうしたらいいかなと芦澤さんと相談しつつ、結果、やはりスクリーン・プロセスになったのは、どうやら監督としては落ち着いて撮りたいというのもあったのではないかと。日本の道路事情だと、実際に車を走らせての撮影は、なかなか大変ですからね。でも、どこまで本心かはわからない(笑)。

 

 ── 車での移動は、どの作品でも物語の大きな結節点になっているからきちんと撮りたいんですかね。あとこだわりがあるのは、銃の撃たれ方でしょうか。撃ち方よりも撃たれ方に興味の比重がありますよね。生と死の間がそこにあるからでしょうか。今回は、スピルバーグの『シンドラーのリスト』みたいな人の撃たれ方でした。

よく分かったね。まさに資料として参照しました(笑)。

 

 

映画表現における「時代のモード」とは

 ── 数年前に、DVDが出てやっと『組織』(1974年、監督:ジョン・フリン)が見られたのですが、死に方がいまのそれとまったく違うんですよね。それを見ていて、死に方にも年代毎にモードがあるんだと気づいたんです。今はスピルバーグがモードなのかね。

今回はガンエフェクト担当の納富貴久さんといろいろ打ち合わせをしました。納富さんは『寄生獣』(2015年、監督:山崎貴)も担当しているのですが、その際の映像を参考として、監督に見せていましたね。赤ん坊を抱いている深津絵里さんが撃たれるカットで、撃たれた瞬間に、深津さんの髪の毛が微妙に揺れる。迫り来る銃弾の風圧でふっと髪が揺れるということなのでしょうか。しかし、実際に弾を放つわけではないので、風で髪を揺らせるように背中にブロアーを仕込んだりしているらしい。

いろいろな映像をみながら研究をしているなかで、黒沢さんが口にしたことで覚えているのは、「撃たれてすぐに血は出ない。現在の銃の性能では、銃弾は肉体を貫通するはずだから、すぐに血は出ないのではないか?」と言っていた。

 

 ── そうやって物語とは別の細部にこだわりを持つ監督はたくさんいますよね。例えば瀬々さんはどんなことにこだわりを持っているんでしょう? 

瀬々さんのこだわりは細部に宿るってより、それこそ時代のモードを気にしているというか。意識的に、撮り方含め、どんどん変化させようとしていると思う。例えば、銃の使い方のモードとか。『ヘヴンズストーリー』(2010年)では村上淳さんが佐藤浩市さんを射殺するシーンをどうやって撮るかとか悩んでた。

 

 ── 廃墟でのシーンですね。

そうそう。結局は引き絵で撮ったけど、引き画だとなんか90年代っぽいんだよなーとか。今はどうなのか、というのは、その時々の作品のポイントで気にしていると思う。

 

 ── 確かに、画面の連鎖の仕方、フレーミング、グレーディングなどなど、その時代のモードはありますよね。

あと瀬々さんのこだわりといえば、『ロクヨン』での、「犯人が誰か」という謎解きが終わった後の一連をオリジナルで付け足している。原作とTVドラマは基本、同じで、お金を燃やして、犯人が誰かほぼほぼ明示した所で終わらせているけど、映画はその先を描いている。

原作者も思い入れのある作品だからこれをやるのは大変だったけど、それでも瀬々さんは抵抗してやり通したというか。ウェルメイドにきれいにまとめるではないところが、瀬々さんの持ち味ですかね。多少ギクシャクした感じも瀬々さんらしいのかなと。あと、ラストで娘の声を聴かせるかどうかも最後の最後まで議論になった。TVドラマ版は入れていたけど。

 

 ── 『クリーピー』も原作とは大きく違いますね。

原作者が黒沢さんのことを前から好きで、原作から変わる事は全然OKだったみたい(笑)。

 

 

監督によって変わる撮影スタイル-カットラインが明確な黒沢監督、芝居を軸にする瀬々監督

 ── 黒沢さんは驚くほど現場が早いと、以前、菊地くんから聞きました。逆に、現場で時間をかける監督は誰ですか? 

安里麻里さんかな(笑)。本人はさばさばしていて、判断は早いんだけど、そのひとつひとつの要求が高い。これは監督のスタイルだからいいんだけど、カット数も多い。「時間をかける」というよりは、「時間がかかる」。

 

 ── 黒沢さんはいままでついた監督の中で一番早いですか?

一番かどうか定かではないけど、やはり早いと思う。カット数も少ないので。

 

 ── テイクも重ねない。

最近の、他の現場の撮り方と大きく違うのは、カットラインが明確にあって、あまり、カットをダブらせて撮らない。カットバックもほとんどしないし。

 

 ── 研究室で川口春奈さんが記憶を蘇らせていくシーンは、比較的長いワンカットの中で、大胆に光が動いたりしますよね。そういうのは結構時間がかかると思うのですが?

照明部が先行して準備してくれていたので、そんなに現場で待つことはなかったですね。

 

 ── 瀬々さんの撮影スタイルはどういうものですか?

瀬々さんは、最初に役者に通しのお芝居、いわゆる「段取り」をやらせて、その動きに合わせてカメラが置かれるというか。役者がカメラの面に入るのではなくて、カメラが役者の面を撮れるようにコンテを決め、カメラは動くというスタイルかと。

 

 ── 本読みは?

瀬々さんは、本読みはしない。

 

 ── カット割りは?

カット割りは一応、瀬々さんがやってきているけど、カットラインが余り決まってない。「ロクヨン」の場合、大雑把に言えば、マスターショットをおさえて、寄りを抜いていくっていうスタイル。黒沢さんとは違ってダブらし、ダブらしで撮るから。

 

 ── 大御所が出るからなのか、新しいキャストが出るたびにヨリの画を丁寧に入れてましたね。次から次へと知った顔が出てくるんでお正月映画のように楽しく見てました。ともあれ、そういう撮影スタイルは、昔からですか? 

ピンク時代の瀬々さんの現場に付いたことはありませんが、その頃の映画を見た印象で言うと、フィルムの制限がタイトだからなのか、そんなにダブらせず、長回しが多かったかと。今は全く変わっていて、『ロクヨン』は3カメで撮ったりもしている。瀬々さんの台本は、ちらっと見ると、コンテの線がぐちゃぐちゃしていたりする時もあって、考えに考えた結果なのでしょうけど…。結構、カットナンバーもよくわからない時もありますよ。

 

 ── スクリプターをやらせてもらった経験から言うと、確かに編集作業で編集点を探っていこうという監督のカットナンバーを現場でつけるのは大変難しいですよ。ちなみに、黒沢さんは本読みをしていました?

黒沢さんも本読みしません。さっきの撮影スタイルのことだけど、実は「クリーピー」の脚本には人物の「動き」は余り書き込まれていない。乱暴に言うと、黒沢さんはカメラの位置や方向をある程度、決めた上で、そのカメラに向けて人物がどう動くか、人物の動線とカメラに位置関係を、とにかく考えていると思う。そういう意味では瀬々さんと真逆かもしれない。

(『クリーピー』の台本をめくりながら)黒沢さんが今回、一番カットを割ったのは、死体をパッキングするシーンじゃないかな(笑)。ここまで割るかってくらい丁寧だった。撮影前に、演出部でテストした映像を見せたのですが、楽しそうに見てました(笑)。

 

 ── 『クリーピー』で言えば、ロケハンも重要ですね。かつての事件現場と、西島さんが現在住まう場所の家々の配置が一致しているというのがロケ場所探しの大きな困難になったのはもちろんでしょうが。例えば、西島さんと東出さんが、その事件現場で、被害者一家の生き残りである川口さんに偶然出会う場面がありますね。そのシーンの最後は、西島、東出両氏の間に高架上に走る電車が見えるというカットで終わります。そして、その次のシーン、これは香川さんと西島さんが初めて出会うシーンですが、そのシーンでは、電車は見えませんが、電車の音が聞こえますね。よく見ると、どうやら後景に見える壁は線路を周囲の地面より高い位置に置くためにつくられた築堤にも見えます。まったく別の場所なのですが、家々の配置だけではない、確かなつながりを感じられるようなものがありました。海野くんの撮影日記を見ると、これがクランクイン初日の最初に撮影したシーンでしたね。とすると、こういった配慮は既にロケハンかそれ以前に決まっているんですね。また、川口さんのアパートが二階にあるのも素晴らしかった。証言を引き出しにきた西島さんをアパートの二階の欄干から見下ろすシーンがありますね。それは、かつて殺人者を見下ろしたという川口さんの記憶と符合するような配置になっていました。もし、アパートが一階にあったとするとその相同が撮れないので、かなり丁寧に場所を選ばれているなと驚きました。黒沢さんは、ロケハン時に、カメラのフレームサイズを確認したりしていますか?

ロケハンの時、黒沢さんはフレームを作って見たりはしていないと思うけど…。今回、少し驚いたのは、ロケハン時に黒沢さんは一切、自分では写真を撮らなかった。

場所によっては、当然、メインの抜け(背景)をどこにするかは決めたりします。

 

 ── スマートフォンのアプリで、アスペクト比やレンズを選んで擬似的にフレームを見れるものがありますね。

芦澤さんは、ロケハンにiPadを持ってきていて、たまにフレーム確認をするのに使ってましたが、あまりアプリを上手く使えなくて「あっもういいです。恥ずかしいので見ないでください」って言って隠してた(笑)。

ひとつ黒沢さんで思い出すのは、台本とは別に、一冊のノートを常備していて、ロケハンに行ったときに、重要な場所に関しては、大体の俯瞰図をメモして、家に帰り、そのノートで、色々と整理しているようです。現場でも台本とそのノート片手にひたすら考え続けていましたね。

今回の場合、その日の最初の段取りを開始する約45分前には、監督が現場に着くようにしていたのですが、段取り前には、大体、ワンカット目の構想は決まっていて、技術部のセッティングが進んでいたりします。そういえば、そういう黒沢さん流の現場での流れみたいなモノは、事前に芦澤さんが教えてくれました。

 

 ── 羨ましいですね。監督ケアを撮影の方がしてくれるなんて。では、ごはんのときは黒沢さんはどうしてます?現場では監督が孤独で寂しそうなときありますよね。

現場中は、たまに一緒のテーブルで食事を取ることはありましたが、そんなに会話することはなかったです。黒沢さんは常になにかを考えているようだから、演出部からやたら話しかけるという感じにはならない。黒沢組に限りませんが、僕の場合、監督との会話は、現場中より、ロケハンの時の方が多いかもしれない。

 

 

エキストラ演出の難しさ-狙いと偶然、それをいかに映画に取り込むのか

話は変わって、『クリーピー』でのエキストラの動きはどうでした?

 

 ── 各所で聞かれていることなので、ここではその話題はいいかなと思っていました(笑)

こないだ瀬々さんに言われたんですよ、「うるさく」ないかって(笑)。

基本はセカンドが動きをつけているので、僕が全てに関知しているわけじゃないですが、状況で動かしたりしているシーンもあります。

 

 ── 研究室で川口さんが記憶をたどっていくシーンは幾つかカットを割っていましたが、エキストラも多く、動きも多様なので、つながりが大変そうでした。エキストラもつながっているんですか?

当然、エキストラは、カットが変わっても、動きが繋がるように努力はしてます。これもカットラインが明確だから、ある意味、やりやすい。他の現場ではそのエキストラの動きをつなげるために、シーンの頭からダブらせて撮ることもある。

 

 ── 時間かかるねぇ。

『クリーピー』で意外だったのは、エキストラがなるべくたくさん欲しいっていう監督の要望でしたね。大学の研究室のシーンでの監督のオーダーが、いればいるだけいい、というものでしたが、数は過剰だったかもしれない…。でも実際、エキストラにどういう動きをつけるのかは、演出部に任せるのが黒沢さんのやり方ですね。例えば、黒沢さんの若い頃であれば、学生エキストラに学生運動を感じさせるような動きをやらせるかもしれないが、現代の学生ならどうだろうというお題がありました。色々調べて、YouTubeとかで宗教儀式はどうかと見せたりしたけど、その提案は違ったみたい(笑)。

 

 ── 黒沢さんのエキストラで思い浮かべるのは、大体は主要人物と真逆の方向に歩いている人たちですよね。こちらに歩いてくる主要人物に対して、エキストラは遠く背中が見えていたような印象ですが、今回は同じように画面に迫ってくるエキストラもいました。同じように、スーツを着て同じような生活をしているような年代の方だったと記憶します。結構目立っていましたね。エキストラに演出をつけるコツみたいなのはあるんですか?

エキストラは、ある役割として主張させるべき時と、場所設定に合わせて記号的に置かなくてはいけない時で、配置や動かし方が変わります。記号的っていうのは、なるべく余計な事をさせないというか、居るんだけどまるで居ないように努めたり…。だから、状況によっては、居ないなら居ないで割り切っていいと思うんだけどね。

監督によっては、エキストラの動きにやたらうるさい人もいる。メインの役者にはほとんど演出しないのに、エキストラには、結構細かいとか…。

 

 ── ところで、『クリーピー』の研究室のシーンに戻りますが、あのシーンは他のシーンに比べてカメラの深度が深く、エキストラの動きや表情までしっかり見えるようになっているようでした。ひとによってはそのために画面の中心が確定できず戸惑うということもあるかもしれませんね。あと、同シーンで窓外のエキストラの男性が、カメラかあるいは川口さんをガン見していましたね?

あれは、事故(笑)。本番だと伝わってなくて、中の様子を伺っていたのが映ってしまった。演出部としては、肩身が狭いです。

 

 ── では、現場でNGにしなかったの?

「もう一回やったほうがいいのでは?」と言うスタッフも当然いましたが、監督がOKだったから。基本監督がOKならOK。でも今、思えば、もう一回、撮っといてもよかったかもしれない。

 

 ── 『工場の出口』(1985年)でも、カメラ目線の人がいたり、まったくカメラなどないかのように振る舞う人がいたりと演出に幅がありましたね。創世記から映画には異物を異物のまま受け入れてしまうおおらかさがあるから、一見不自然なエキストラの動きもまあOKだと呑み込んでしまうのも楽しいかもしれませんね。

ネットの批評などで、あれが完全に狙いだと捉えている人もいて面白いなぁと思いますね。

 

 ── とくに黒沢映画だからでしょうかね。

といってもね、そこまですべてを監督がコントロールしているわけではないというか…。場所や天気や、偶然映り込んだモノや人を、いかに映画に取り込むのか、それが映画の怖いところだし、面白いところの一端かとは思います。

 

 ── では、西島、竹内夫妻が、最初に西野家を訪ねた時に、表札にカメラの映り込みなのか、光の照り返しなのかがありましたが?

光の照り返しは、明確な狙い(笑)。

 

 

『クリーピー』には編集上でカットされた重要なシーンがあった

 ── じゃあもうひとつ、竹内さんと香川さんのトンネルのシーンで、竹内さんのお尻が汚れていましね。その前に尻餅をついたというアクションがあって、それをばっさり切ってしまったということでしょうか?

そう!実は前のシーンがあったんだけど、編集上でカットした。これはかなり大胆な判断だったと思います。よく見てますねぇ。僕も、編集済のラッシュを観て、お尻が汚れてるなぁって思ったんだよ。その前に、結構重要な西野のセリフがあったのだが、ばっさり切って、トンネルで握手するところからしか使ってない(と、台本を見せてくれた)。

(*撮影稿を見せていただくと、香川さん扮する西野が、竹内さん扮する康子の最後のささやかな抵抗をある決定的な言葉で打ち砕き、康子がへたり込むというシーンがあった)

 

 ── いい台詞ですね。人の思いを根底から打ち砕くような危険な台詞がありますね。ついでにもうひとつ、川口さんって香川さんの共犯者だったってことなの?雫役の藤野涼子さんが生き残ったように・・・

え!?そうなの?

 

 ── 川口さんがなぜ一家の中でひとりだけ生き残ってしまったのかという疑問は提示されるが、その解決は映画の中にはなかったですよね。東出さんが当時中学生だった生き残りの川口さんのことを話題にする台詞で、中学生といえば意外に大人ですよねとかなんとかあるのですが、その台詞の直後のシーンで、藤野さんが初登場するんですよね。川口さんを投影しているのかなと見ていると、彼女は被害者でもあるが加害者でもあるということで、翻って川口さんも同じなのかと推察したのですが。

いや、川口共犯説は、監督とは全くしなかった。ふーん、なるほどね。面白い捉え方だと思うけど…。

 

 

劇中に出てきた秩序型、無秩序型、混合型という定義は、映画監督にも言えるのでは

 ── 勝手な思い過ごしでしたか…。もうひとつ思い過ごしかもしれませんが、香川さん扮する連続殺人犯の新しい形に心躍りました。劇中西島さんが定義するところの、規則性があるようでない、いい意味で複雑で、これこそ妥協から逃れられない生身の人間らしい犯罪者でいいかげんなやつでしたね。新しい連続殺人犯を見せられているんだなと恐々としました。

連続殺人犯が自分の倫理規範だけで行動している訳ではなく、ある意味、行き当たりばったりな行動を取っている、というのは、映画監督もいろいろ複雑な関係やしがらみの中で、決断していることの現れですかね。でも、そうすると、映画監督はみんな、西野タイプということになるけど…。

監督にも、秩序型、無秩序型、混合型と、様々なタイプがいるかと思われますが。

 

 ── もうひとつ海野くんのすごいのはひたすら映画好きだってことですよね。作り手は忙しいのもあるとは思うのですが、映画をあまり見ない方も沢山いますよね。プロの助監督がアテネ・フランセに通うなんてことはなかなかないように思います。

無趣味で、仕事が無い時は、いろいろな映画を観るくらいしかやることがないので…。

大作と自主映画の中間の映画がもっと作られれば良いし、観てみたいと思いますが。例えば『接吻』くらいの作品とか…。回収の問題などで、なかなか難しいでしょうけど。

 

 ── そういう映画を自分もつくってみたいということでしょうか。

いや、なんでもやります(笑)。

 

 

海野敦、おすすめ映画テキスト

「荒野のダッチワイフ―大和屋竺ダイナマイト傑作選」

(1994年)編:高橋洋+塩田明彦+井川耕一郎

確かこの本を手にした時には、若松孝二の映画を数本くらいしか観ていなかったと思うのだが、いわゆる「映画の脚本」を初めて読んだのがこれだった。買った時には、そのカッコイイタイトルに惹かれたが、中身はもっとかっこよかった。この本が世界とのズレの始まりかもしれない…。

 

「昭和の劇―映画脚本家・笠原和夫」

(2002年)著:笠原 和夫/荒井晴彦/絓秀実

昭和天皇、大日本帝国、テロリズム、日本共産党、右翼、在日、被差別、そして、やくざなど、とにかく「デカい」話が満載である。その膨大な取材量、そして取材論に圧倒される。当時、自分が夢中だった90年代の北野武を、正面切って、真っ当に批判したのも、笠原和夫が初めてかもしれない。

「シネマトグラフ覚書」

(1987年初版/2006年再版)著:ロベール・ブレッソン

当時、「ラルジャン」を観て、熱狂したが、この本は既に絶版だったので、なんかの雑誌に載っていた抜粋をコピーして、何度も読み返した。古本屋で、程よい値段で見つけた時には静かに喝采をあげたものだ。現在、どっぷりと商業映画に浸かっている今の自分には、その言葉の数々は呪いの言葉に聞こえなくもないが、読み返す度に、なにか立ち返ることが出来る。