ぼくのAppleMusicLife 5月26日(木)

投稿日: カテゴリー: Journal, ぼくのAppleMusicLife, 安井

1月にデヴィッド・ボウイが、4月にプリンスが亡くなった。未だガラケーで、ツイッターもフェイスブックもやっていないぼくだから間違っているかもしれないけど、ボウイを愛していた人はぼくが思っていたよりもたくさんいて、プリンスを愛していた人はぼくが思っていたよりも少ないように、その反響を知るにつけ感じたのだった。

小学年の高学年のときに聴いたグラムロックによって音楽に目覚めたぼくの音楽遍歴はいずれ触れることもあるだろうから、今日はプリンスのことを語ろう。「Sign O Times」を頂点に量産された80年代のアルバムはどれも傑作だった。ブラック・ミュージックでありロックでもある、と同時にブラック・ミュージックでもロックでもない。唯一無二のプリンスというジャンルだった。おかしくなったのは変な記号を名前にして「これってなんて読むの?」ってなった頃からで、音楽性もスピリチャル方面に向かってしまい、誰か「殿下は裸だ」と指摘してくれないかと願いつつも、だんだんと疎遠になってしまったのだった。ところが、一昨年の秋頃、「Art Official Life」とPrince & 3rdeyedgirl名義の「Plectrumelectrum」という2枚のアルバムがタワーレコードに並んでいて即購入。 なんかそっけない厚紙にCDが入ってるだけで、気負いが感じられなくて、いい感じで力が抜けてると思ったんだよね。前者は、近頃流行りのEDMを背中で意識しつつ、ペイズリー・スタジオにひきこもって、じっくりこしらえた極上のポップ・アルバム。「Art Official」が「Artificial」に聞こえるフューチャリスティック・サウンド。よくぞ帰ってきてくれました。しかも、しっかり前に進んでいるんだから文句なしです。

3人の女性を従えたもう1枚は、プリンスのロック魂炸裂の痛快アナログ・バンド・アルバム。先のアルバムで控えめだったので、これでもかとばかりにギターを弾き倒してます。その豪快なギター・サウンドを聴けば、レニー・クラヴィッツなんて重度の白人ロック・コンプレックスを患った退屈なへなちょこギタリストに過ぎない。

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p class=”p3″>プリンスの勢いは15年に入っても止まらなかった。9月に「HITnRUN」と題したアルバムのphase oneを、12月に同じくphase twoをリリース。曲ができたらすぐにだす完全な量産体制に入っていたのだ。おまけにphase twoではApple Musicに配信もされた。気難しい殿下もずいぶんと丸くなられたと思った矢先の死の報せだった。もっと新曲を聴きたかったし、昔の音の悪いアルバムのリマスターもしてほしかった。残念でならない。合掌。